「型」の魅力〜新芝翫の「熊谷陣屋」

びわ湖ホールで歌舞伎を見るのは久しぶりだ。今回の巡業は橋之助改め八代目芝翫の襲名披露である。演目に「熊谷陣屋」があるので見る事に決めた。この演目は何度か見た事があるが、今回は芝翫型での上演。大変珍しい型での上演である。芝翫襲名の東京公演では出たが大阪公演では出なかったので、今回の巡業で取り上げてくれてのはとてもありがたい。

観劇日 7月22日(土)17:00開演 びわ湖ホール中ホール A席 2B24番 2階二列目のほぼ中央

今回の公演は三本立てで、熊谷陣屋の前に、「猩々」と「口上」がつく。

客席に入ると緞帳が目に入った。この緞帳を見るのは歌舞伎公演の時くらいだ。最初は「猩々」、新橋之助、新福之助に錦之助がつきあい三人の猩々と芝喜松改め梅花の酒屋の踊りである。長唄は五丁五枚。

襲名披露の口上を述べるのは中央に位置した梅玉、そこから上手へ錦之助、橘太郎、高麗蔵、歌六、一番下手は扇雀、そこから上手へ芝喜松改め梅花、新福之助、橋之助、それから新芝翫扇雀女方の格好なので驚いた。この人が口上を述べるのは何度も見ているが、いつも立役の姿だった。女方でも口上の時は立役の格好と言う人もいる。先代芝翫がそうだったし、当代の時蔵もそうだ。口上の順番は、扇雀の後、新芝翫になる。それから二人の息子、そして新芝翫から芝喜松を梅花にして幹部に加えた事が紹介され梅花が口上を述べるた。「猩々」「口上」とも声がかからなかった。

口上の時から定式幕を使う。歌舞伎は引き幕でないと。そしていよいよ「熊谷陣屋」今回参考にしたのは 渡辺保著「歌舞伎 型の魅力」(角川ソフィア文庫)と言う文献。これ一種の専門書なのだが、わかりやすく丁寧な内容なので助かった。それに、文楽でこの演目が出た時の床本も参考にした。

この芝翫型の特徴は文楽に忠実な事。出からして團十郎型とは違う。まず、赤面で、黒ビロードの着付けに赤地錦の裃。数珠は持っていたが、團十郎型のようにチンとならすような事はしない。花道七三で、こういうときこの巡業のような仮設花道のほうがみやすいのはありがたい、鐘がなって本舞台を見て決まる。ここが見事だった。

本舞台に入ってきて、妻相模(扇雀)を見るところは、見得はしないが、二重を上がるときツケ、と言ってもバッタリではなくバタバタだが、が入る。團十郎型とは全然違うのが物語の所。特に後ろ向きになる所が印象的だった。ただ、この文献にあるように見得をするとき舌を出すような事はしなかったと思う。それにしても、派手で動きが多く、躍動的である。これを見るだけでも、この芝翫型がいかに動きのおもしろさ、形のよさを主体にしているかがよくわかる。

二度目の出、衣装が錦の着付けに長袴。これも團十郎型の緑とは全然違う。ただ、首を相模に渡すところがとても良い。熊谷の悲しみだけでなく、女房の相模に寄せる思いが溢れるような感じだった。

三度目の出は團十郎型と同じく鎧姿。脱ぐと、有髪で赤面なのが違うだけで、僧服になっているのは團十郎型と同じである。ここは本文では「上帯を引つ解き鎧を脱げば、袈裟白無垢」とある。渡辺氏の著書でも「白綸子の着流し、黒の輪袈裟」とある。なんか中途半端に思えた。ただ、「十六年は一昔」は本舞台でやる。この型を見ると、必ずしも「十六年は一昔」を幕外でやらなくても良いのだと思えてくる。

と、新芝翫はちょっと問題はあるが大出来だった。この舞台が良かったのは、他の配役も充実していたからである。まず相模の扇雀、とても良くなった。軍次の裾を引いて、「コレ」と言う所は父藤十郎を思わせるほどの出来。良かったのは首を持ってのクドキの所、情が溢れる感じで、新芝翫とも夫婦の情を良く出していた。藤の方は高麗蔵。相模に熊谷を斬る助太刀を頼む所が特に良いが、とにかく情が良く出ていた。

それに梅玉義経はこの人の持ち役だけあってすっきりした義経であった。歌六の弥陀六が上出来。「弥平さん」と入れ事をするが、この人がするとこの入れ事が生きてくる。見現して肌脱ぎのなるところで、武士と町人の違いが良く現れているのだ。

こうして見てくると團十郎型がいかに心理的・近代的なのかがよくわかる。動きが少なく、肚で見せるのだ。それに対して芝翫型は、人形浄瑠璃に忠実で、動きが多く、技巧的である。現代の歌舞伎には両方の型があってしかるべきであろう。

今回の公演は「声掛け屋さん」が居なかったようだ。僕のちょっと声を掛けたが、僕と後二人くらいでは寂しい。このチケットはびわ湖ホールから買った。僕はこのびわ湖ホールの会員なので、松竹で買うより500円安いのだ。もっとも松竹も会員になっているが。